障害者制度改革の新たな局面

久しぶりに東京からの帰りのあずさ号の中で、スルメ用の原稿を書いている。前回は忘れもしない8月30日。障害者自立支援法を廃止して、新たな法律を作るための原案作りの場である、内閣府障害者制度改革推進会議「総合福祉部会」が、「骨格提言」をまとめた日であった。その日は、55人委員会がどのような意見のズレや壁を乗り越えて、総合福祉法に求める骨格提言という形で一致団結した意見をまとめたのか、について、そのプロセスと内容をお伝えした。ここからが正念場だ、高揚感+一抹の不安を持って、ブログをまとめたことを覚えている。
あれから半年弱。その骨格提言に基づく厚生労働省案が示されるので、急遽部会が開催された。しかも、骨格提言がまとまった8月30日以上にマスコミが集っている。部会が始まる前から、あちこちで「今日でこの部会は終わりではないか」「厚生労働省案に押し切られておしまいではないか」という良からぬ噂も聞こえてくる。そんな不穏な空気の中、しかも今日は厚生労働省の2階講堂が取れないので、19階の会議室で議論を行い、傍聴者を別室にしても、すし詰め状態の空気の悪さ。この雰囲気の悪さは、今日の議論をまさに体現する「空気」であった。
部会が始まって、冒頭1時間で厚生労働省の企画課長から、8月の骨格提言を受けて、どのような対応を行い、厚生労働省としてどのような法律案を作るのか、の趣旨説明がなされた。8月末の段階では、新しい法律を作るためには、内閣法制局とのすり合わせも必要なので、24年の通常国会に載せるためには、絶対に8月末という期限をずらせない、と厚生労働省側に言われ、必死になって8月末に骨格提言をまとめた。だが、今日の説明が始まった段階で、それは「大嘘」だった、とわかる。そもそも厚労省は、実際に新法を作ろうとしていなかった。詳しくは厚生労働省案を見ていただきたいが、彼らの論理とそれに対する僕の雑感を簡潔にまとめるならば、次のとおりになる。
イ、自立支援法の平成22年改正案が今年の4月から実施されることで、現場はそれに追いつくために必死の状況だ。ただでさえ制度改革が繰り返されたので、来年また制度が変わることについて、現場の反発や混乱は必死だ。できっこない。また新法に作り変えるには、現行法の数千もの事項を変えなければならないので、現実的に大変だから無理だ。
→バタコメント:骨格提言をまとめる昨年8月末まで、そんなことを厚生労働省は全く言ってはいなかった。これは「後出しジャンケン」という狡猾さである。ちなみに、これは中西委員の代理であるJIL理事の今村さんが言っていたことだが、制度改革が重なるから現場が混乱するのではない。制度改革の先に夢も希望も見えないから、現場は混乱するのである。この辺も厚労省側は都合の良い理由のみを前景化させる牽強付会の戦法である。
ロ、平成22年の自立支援法改正案および改正障害者基本法によって、自立支援法の問題点や、あるいは自立支援法意見訴訟団との基本合意文章の内容の大半は解消できる。
→バタコメント:上記の強弁に適合的な部分のみを整理した説明資料を、厚労省は「総合福祉部会の骨格提言への対応」として提示した。だが、あくまでも自らの都合の良い部分のみを選択的に提示している。佐藤部会長からの当日資料にも示されたが、骨格提言の60項目のうち、不十分ながら骨格提言を取り入れている項目は3箇所、検討されているがその内容が不明確な事項は9箇所、あとの48箇所は全く触れられていないのである。ちなみに、十分に取り入れられている事項は一つも無かった、ということも念押ししておく。
ハ、自立支援法は医学モデル的だというご批判もあったので、改正障害者基本法を受けて、社会モデルを理念規定に入れる。難病の対象拡大やグループホームとケアホームの一本化、あるいは程度区分については今後5年後を目処に検討するなどの努力もした。出来ることから着実に、段階的計画的に実施して行きたい。
→バタコメント:障害の範囲の拡大など、障害者基本法の改正案に対応せざるを得ない部分については変えることにした。だが、「障害者自立支援法」という名称が「自立支援」という名前を用いながら中身が疎かだった悪夢を思い出さざるを得ない。医学モデルから社会モデルへの転換、という言葉だけを借用して、それが意味する財源や法制度のあり方の改革には手をつけずにお茶を濁す体質は、全くそのままである。さらに、5年後の見直し、など問題を先送りして、その間にそれなりの「変えない言い訳」を作る時間をとる、あるいは論点そのものをうやむやにする可能性も高い。
人によって評価は色々あるが、僕自身は「実質的なゼロ回答」として厚生労働省案なるものを読み取った。もとより厚生労働省が主導する形ではなく、政治主導で進み始めた障害者制度改革推進会議。しかも、内閣府が音頭を取り、厚生労働省は総合福祉部会でも人事権と論点整理権を取れなかった。内閣府の制度改革推進担当室主導であり、そこには民間任用された、障害当事者で弁護士でもある東さんが室長になったこともあり、かなり当事者主導での改革を進めてきた。だからこそ、そんな厚生労働省が「蚊帳の外」に置かれた総合福祉部会の骨格提言を、全く聞く耳を持つ気もない。そういう本音があけすけに見える厚生労働省案の説明であった。
個人的に憤る部分も勿論ある。だが、どこまでも楽天的な戦略を考える癖がある僕としては、さてここからが本当の政策形成過程における勝負の開始だ、と思っている。
今まで、厚生労働省側は総合福祉部会に対して「コメント」という名の批判しかしてこなかった。今回、総合福祉部会の骨格提言に対置させる形で、厚生労働省の案が示された。一部マスコミは、これが決定事項であるかのような報道の仕方をしている。確かに、一つの案しか出されなかったこれまでの政策形成過程においては、国の案が示される、ということは、その方向性で行く、ということの表明であっただろう。その時代のやり方を前例踏襲した、さらには厚生労働省による綿密なブリーフィング(という名の誘導)を受けた、総合福祉法部会をまともに傍聴もしていない記者が、厚労省案をそのまま鵜呑みにして「改革の方向性はこれだ」と誤解をしても仕方ない。(ちなみに部会を受けた後のマスコミ記事は少しだけ論調に変化があったが、それでも「原則無料化」が骨格提言の最大の目標ではないことは、骨格提言自体をお読みいただければ一目瞭然である。しかし、それが恰も最大の争点であるかのように書いているのは、厚労省への取材の中でそうブリーフィングされ、そのまま記事にしている可能性が否定できない。)
だが、実は上記の流れでの押し切り方は、明確にアンシャンレジーム(旧体制)のやり方である。そうは問屋が卸さない、というのが、僕の見立てであり、希望的観測でもある。その理由をいくつか述べる。
まず、今回は比較検討が出来る、ということだ。総合福祉部会は、2011年8月に「障害者総合福祉法の骨格提言」を55人委員会の総意としてまとめている。障害当事者や家族、支援者、学識経験者などで、これまで厚労省の委員会に入っていた人も、そこから除外されていた人も、簡単に言えば自立支援法の賛成派も反対派も一緒になって作り上げた骨格提言である。その前提があった上で、今回の厚生労働省案を比較検討したときに、あまりにも厚労省案が”スカスカ”だ、ということがわかる。部会委員以外の障害当事者や関係者、広く国民一般がこの二つを見たときに、どちらの方が、より誠実で説得力がある議論に見えるだろうか。
次に、官僚制支配の構造的問題の論点がこれで明確にわかった、ということである。思えばこの総合福祉法部会は、政権交代後の2009年9月、長妻大臣による「自立支援法を廃止する」という宣言からスタートした。その当時は政治主導が明確な形で示され、これを受けて首相を本部長とする障害者制度改革推進本部が出来、その下に内閣府障害者制度改革推進会議が出来た。総合福祉部会は、その下部組織の位置づけである。そして先述の通り、その人事権と論点整理権は、政治主導の一貫で内閣府の推進室側におかれたことにより、これまでの厚生労働省の人事権・論点整理権に基づいて開かれた社会保障審議会では決して議論がされることの無かった、社会モデルに基づく政策展開についての具体的な内容が骨格提言に盛り込まれた。だが、この間、民主党の政権基盤の弱体化と官僚支配の盛り返しの中で、今、完全に政務三役の政治家の先生方は、事務局のコントロール下におかれている印象をぬぐえない。事実、総合福祉法部会に出席された政務官は、終始、事務局(厚労官僚)の作成したペーパーの線に沿った解答を逸脱することは無かった。また、もしかしたら、本気で骨格提言は絶対に出来ず、厚労省案しかできない、と思っておられるのかもしれない。そうであれば、本当に官僚の手の平の上、という意味で、官僚制支配の勝利であり、構造的問題が象徴的に表れていた部会である、ともいえる。
さらに、上記二つを受けた審判なり判断が、再び一般市民に投げ返された、という点である。総合福祉法の骨格提言において、障害者運動や障害者支援に携わる人々は、自立支援法の賛成反対という「コップの中の争い」を乗り越えて、新たな望ましい新法の形を骨格提言として示した。それに対して、厚労省はゼロ解答に近い内容を厚労省案として示した。その中で、政治主導の後退と官僚制支配のぶり返しが、劇画のごときわかりやすさで前景化された。それを受けて、市民はどう判断されますか、と、ボールは部会から、市民の側に投げ返されたのである。
この間、1月18日現在で、5つの県議会、3つの政令指定都市議会、49の市町村議会で、総合福祉部会の骨格提言を尊重した総合福祉法制定を求める意見書が採択されている。ここには、与野党を超えて、地方議会の議員の先生方が、市町村現場の閉塞感を超えるために、この骨格提言が必要不可欠だ、と感じてくださったから、これだけの請願や意見書の採択となっている。この意見書採択を受け、国会議員の中にも、総合福祉部会の骨格提言をきちんと尊重すべきだ、と考えて発言しておられる先生方もおられる。ただ、ここからは私の邪推と妄想だが、この間、厚労省は、国会議員へのロビー活動を周到に進めてきたようにしか思えない。「こんな骨格提言はお金がかかりすぎます」「実現なんて出来っこありません」「現場は大混乱です」「自立支援法改正案の法が現実的です」。こういう情報をずっと議員回りをしながら耳打ちし続けてきたとしたら、それを鵜呑みにする議員さんも少なくないだろう。政府与党のワーキングチームでも、ねじれ国会を乗り切るためには、厚労省案でよいのではないか、という意見が出ていることを聞くにつれ、そんな妄想や幻覚がありありと僕の目の前に去来してしまう。
だからこそ、ボールは再び部会から市民の側に戻されたのだ。総合福祉部会の骨格提言の完全実施と、厚生労働省案と、どちらがいいのか。あるいは、今日の部会では、両者をつなぐためにJDFが骨格提言完全実施に向けた「工程表」を提示したが、このような工程表を政府与党は出さなくていいのか。さらにはこの「工程表」と厚労省案をすり合わせる必要は無いのか。ちなみに僕自身、今日の部会では、骨格提言と厚労省案のすり合わせをするワーキングチームを置くべきだ、という提言を行った。そういう現実的な提言や、さらには厚労省案への意見を行うのも市民側に求められている。あるいは政府与党、その動きを監視する役目を持つ野党など、通常国会上程に向けて、様々なアクターに対して、再度ロビー活動や障害者運動の声を上げる必然性が高まっている。
付言するならば、実はこの総合福祉部会の設立根拠も、来月あたりで危なくなっている。この部会は先述の通り、内閣府の障害者制度改革推進会議が親会議になっているが、この親会議自体が、障害者基本法の改正を受けて、障害者政策委員会にこの3月にでも、形を変えることになっている、と担当室の東さんから、部会の最後に話があった。親会議がなくなるので、この総合福祉部会も3月以後はその設置根拠を失うのです、と。そして、今の弱腰な政権与党が、再びのこ部会を形を変えてでも生き延びさせるとは思えないし、厚労省は当然アンコントローラブルな人間(もちろん僕を含む)を、自らが人事権と論点整理権を持つ審議会から排除するだろう。しかも、繰り返しになるが、今月中にも与党のワーキングチームで取りまとめ、3月中ごろには閣議決定し、国会に上程する、というのである。このような急展開の中で、舞台は総合福祉部会からマスコミや世論の動向、障害者運動やロビー活動側に、急激に移行しつつある。
今回のメモでは、内閣府障がい者制度改革推進会議の総合福祉部会構成員として、今日の話をもとに、出来る限り感情的な内容を抑えて、事実と状況に関する論点整理を行ったつもりである。読者諸氏に置かれては、この実情をご自身で解釈された上で、何らかのアクションに向けて動き出してほしい。(ちなみに、福島智委員が民主党議員に対して「原点に帰れ」と訴えた意見書は、実に心揺さぶられる内容であった。こちらも良かったらぜひお読みいただきたい。)
最後になるが、制度化とは、様々なステークホルダー(利害関係者)による闘争や妥協の産物、の側面がある。そういう意味では、総合福祉法部会が骨格提言を出すまでが制度化の第一フェーズ、今日の部会で出された厚労省案やそれに向けた厚労省側の情勢作りが第二フェーズ、とするならば、両者の意見が揃った今から、制度化に向けた世論と政治の闘争が始まる。まさに、これは制度化に向けた第三フェーズが始まった、とも言えよう。これまでに、総合福祉部会に出来ることは、かなりやりつくしたつもりだ。もちろん、またバトンを託されたなら、出来ること、すべきこと、したいことは沢山ある。だが、そのバトンは、第三フェーズにおいては、残念ながら、政治家と官僚、そして市民に戻されてつつあるようだ。僕が書ける範囲のバトンは、速報的に書いた。その上で、皆さんが必要だと思うアクションに進み始めていただきたい。そう願って速報的な記述を終える。
2012年2月8日 午後9時
内閣府障がい者制度改革推進会議 総合福祉部会構成員 竹端寛拝

投稿者: 竹端 寛

竹端寛(たけばたひろし) 兵庫県立大学環境人間学部准教授。現場(福祉、地域、学生)とのダイアローグの中からオモロイ何かを模索しようとする、産婆術的触媒と社会学者の兼業。 大阪大学人間科学部、同大学院人間科学研究科博士課程修了。博士(人間科学)。山梨学院大学法学部政治行政学科教授を経て、2018年4月から現職。専門は福祉社会学、社会福祉学。日々のつぶやきは、ツイッターtakebataにて。 コメントもリプライもありませんので、何かあればbataあっとまーくshse.u-hyogo.ac.jpへ。