ボトムアップ型の創発と自己組織化

今年最初のブログも「コミュニティ」の問題に触れる。
実は、このブログを読まれている、以前仕事をご一緒にした事がある方から、コミュニティについての勉強会のお誘いを頂いた。そこで題材にするのが、以前のブログで取り上げた『コミュニティ・デザイン』、前回のブログで紹介した内山節氏の『共同体の基礎理論』、そして今日ご紹介する『コミュニティのちから』である。
この『コミュニティのちから』は、名著『ボランティア』(岩波新書)を出され、慶応のSFCでソーシャル・イノベーションを教えておられる金子郁容氏と、金子氏のゼミで修士論文を書いた今村氏、園田氏の3人による共著である。長野の保健指導員や茅野市の「パートナーシップのまちづくり」、あるいは鹿児島県鹿屋市の地域医療の再生などの事例を、パットナムのソーシャル・キャピタル論と対比させながら論じている。そして、パットナムの事例に出てくる北イタリアのような自主性や積極性のあるソーシャル・キャピタルと対比して、日本の各地域に根付くのは”遠慮がちな”ソーシャル・キャピタルである、とする。ちなみにソーシャル・キャピタルとは社会関係資本などとも呼ばれているが、その特徴としてパットナムは「社会ネットワーク活動」「相互信頼」「互酬性の規範」を挙げ、コミュニティのソーシャル・キャピタルの豊かさが、そのコミュニティの成否に大きく相関している、と示した。
さて、この『コミュニティのちから』においては、上述の日本の事例を分析する中で、ソーシャル・キャピタル醸成のためには「ルール」「ツール」「ロール」のそれぞれの絡み合いが大切だ、と指摘する。その上で、「いいコミュニティ」を作るのに有効な「七つのルール」を抽出している。(p302)
1、コミュニケーションをよくする
2、きっかけを作る/誘う/巻き込む
3、一緒に汗をかく
4、自分から動く
5、成果の可視化/共有
6、論理で正面突破する
7、実践を促進するためのルールをつくる
この「7つのルール」を眺めながら、これは創発に向けた自己組織化の促進に必要な要素抽出である、となんとなく考えていた。
そもそも、「コミュニティのちから」を必要とされているのは、その「ちから」がないと解決できない問題(=福祉業界ではよくそれを「困難事例」などと言う)が発生したときである。もともとうまくいっていたり、問題が顕在化しなければ、とりたててそんな「ちから」を主題化する必要はない。「コミュニティのちから」が相対的に弱体化する一方、行政でも市場でも解決できない社会的な課題が大きく広がるなかで、それをどうやって弱体化しつつあるコミュニティで解決できるのか、を探るために、ソーシャル・キャピタルという指標も取りざたされている、と考えることもできるだろう。
その際、「これは問題だ」と気づき、動き始める「イニシエーター(新しいことを始める人)」(p294)がいて、その人に巻き込まれていく「フォロワー」の「ロール」を引き受ける人が出始める、と同書では指摘している。そう、実は問題があっても「どうせ」「仕方ない」「自分ひとりでは何も変えられない」と思う人ばかりでは、何もはじまらない。つまり、「イニシエーター」が「問題」を「発見」し、それを解決したいといつの間にか問題を「自分事」として引き受ける瞬間がないと、物語はそもそも起動しないのである。
そして、物語が起動し始めた際に、単なる一人の努力で「燃え尽き」に終わらせず、個人から組織、制度へと昇華していくための有効な「七つのルール」も、非常に共感を持って読んだ。実は、僕自身、精神障害者のノーマライゼーションに関する博士論文を書いている中で、京都中の精神障害者に関わるソーシャルワーカー117人にインタビューを行い、地域を変えている面白い実践をしている現場の精神科ソーシャルワーカーは、以下の5つのステップを踏んでいることに気付いた。
ステップ1:本人の思いに、支援者が真摯に耳を傾ける
ステップ2:その想いや願いを「○○だから」と否定せず、それを実現するために、支援者自身が奔走しはじめる(支援者自身が変わる)
ステップ3:自分だけではうまくいかないから、地域の他の人々とつながりをもとめ、個人的ネットワークを作り始める
ステップ4:個々人の連携では解決しない、予算や制度化が必要な問題をクリアするために、個人間連携を組織間連携へと高めていく
ステップ5:その組織間連携の中から、当事者の想いや願いを一つ一つ実現し、当事者自身が役割も誇りも持った人間として生き生きとしてくる。(最終的に当事者が変わる)
(竹端寛 2003 「精神障害者のノーマライゼーションに果たす精神科ソーシャルワーカー(PSW)の役割と課題―京都府でのPSW実態調査を基にー」大阪大学大学院人間科学研究科博士論文)
このステップを上昇するために、上記の「7つのルール」が必要不可欠である。また、僕が調査したPSWの中には、保健師出身のPSWが沢山いて、ちょうど長野の保健指導員のケースや茅野市のケースなどとも重なる部分が多いなぁ、と思いながら読んでいた。
ただ、僕の今の関心からすると、この5つのステップなり「7つのルール」なりを踏みながら、どう創発が自己組織化されていくのか、が興味がある。つまり、ステップの上昇や、あるいは「コミュニティのちから」の発揮の背景には、もちろんソーシャル・キャピタルの力も大きいが、それだけでなく、イニシエーターとフォロワーの、「特定の人格のエンパワーメント」が必要不可欠のように感じるからだ。(この点は、一年前のブログで安冨先生の議論に基づいて考えたことがある。)
さらに言うならば、触媒役やファシリテーターとして、様々な地域の「コミュニティのちから」を高めるために、どのような創発支援、あるいは「特定の人格のエンパワーメント」の支援が求められているのか、というあたりにも、非常に興味がある。これは、山梨や三重で、障害者の地域自立支援協議会や、高齢者の地域包括ケアシステムに関する様々な動きをお手伝いするなかで、痛切に感じていることである。多くの地域で、地域福祉や地域包括ケアに関して、それなりの努力が積み重ねられてきている。だが、今ひとつ、一皮向けるための、もう一歩の努力、をどうしていいのかわからずに、決め手に欠けている。あるいは官民・官官・民民のセクショナリズムの壁に阻まれて、点が線にならない。ましてや地域を動かす面のアクションにつながらない・・・。そういう実例を沢山見てきた。
金子氏らの本では、個人-組織ー制度を規定するものとして、「社会ビジョン」を描いているが、この「社会ビジョン」をそのものとして描くのではなく、僕の5つのステップのように、個人から組織、組織から制度とボトムアップに積み上げ、実態を変えていく中で、社会ビジョンも後追い的に変わってくる。そういうボトムアップ型の変容と、その中での「社会ビジョン」の創発、および自己組織化が、多くのコミュニティで求められているのではないか。そんなことを感じながら読んでいた。

投稿者: 竹端 寛

竹端寛(たけばたひろし) 兵庫県立大学環境人間学部准教授。現場(福祉、地域、学生)とのダイアローグの中からオモロイ何かを模索しようとする、産婆術的触媒と社会学者の兼業。 大阪大学人間科学部、同大学院人間科学研究科博士課程修了。博士(人間科学)。山梨学院大学法学部政治行政学科教授を経て、2018年4月から現職。専門は福祉社会学、社会福祉学。日々のつぶやきは、ツイッターtakebataにて。 コメントもリプライもありませんので、何かあればbataあっとまーくshse.u-hyogo.ac.jpへ。