2011年07月25日:ゼミ合宿に馴染んできた
7月はずっと連作を書いてきたが、今日は通常モードのブログ。先週末、清里のペンションでゼミ合宿に出かけた。ゼミを担当して7年になるが、ゼミ合宿を始めたのは、ここ5年くらいだろうか。うちの大学の先生方、特に若手の先生方は、ゼミ合宿をされるケースが多い。ご自身も学部や大学院でそういう経験をされているから、なじみがあったのだろう。でも、僕は学部生の時には指導教官のご自宅で指導を受けることはあっても、ゼミと…
2011年07月22日:存在論的裂け目と枠組み外し (連作 その9)
これまで外伝も含めて9回ほど、枠組み外しの旅について、書き続けてきた。体重変容という身体的変化から始まり、福祉現場、教育、そして研究における「枠組み」への問いを書き記してきた。そして、ポスト311の局面の中で、その「枠組み外し」は、私自身の実存にも向けられていた。3月26日のブログを、少し長くなるが、引用してみたい。----------------ポスト311の、何も手に付かない日々の中で、ふと手…
2011年07月18日:「心的現実」と枠組み外し (連作 外伝)
僕自身の思いも寄らない体重の10キロ減少と、その時期からシンクロニシティ的に生起し続けた、様々な「呪縛からの解放」のエピソード。魂の脱植民地化、という概念との出会いや、それによって明確になった宿命論的呪縛からの解放という、自らの生き方そのもののテーマ。そういう事を連作的に綴ってきた時に、まさにドンピシャ、の二冊と出会ってしまった。今日は自分のストーリーの記述、という正伝!?は脇に置いておいて、二冊…
2011年07月16日:正解幻想からの枠組み外し (連作その8)
枠組み外しの旅は、少しずつ、福祉現場のことから、日本社会の構造にまで対象が伸びてきてしまった。自分の手触り感のないマクロな話をするのは、正直得意ではないが、これまで目の前の現実から立ち上げてきた感覚の延長線上で、少し、大きな地図の中での位置づけをしてみたい。今日のフックは茂木健一郎氏のツイッターから。茂木健一郎けて(5)教科書「検定」の世界観が根本的に間違っているのは、この世に「正解」があって、読…
2011年07月14日:授業における枠組み外し (連作その7)
認識が新たになると、これまでの実践も新たな視点、別の文脈で読み解くことが可能になる。「枠組みはずし」、「宿命論的呪縛」からの解放、魂の脱植民地化・・・これらの言葉が自分ごととしてストンと落ちてみると、実は自らの実践自体が、これらの概念と非常に近い部分で呼応していることが遡及的にわかる。今までは福祉現場を対象に書いていたが、これは教育だって同じだ。私は法学部政治行政学科で「福祉政策」「地域福祉論」「…
2011年07月10日:宿命論と戦うブリコラージュ (枠組み外し その6)
私が今振り返っている、「枠組み外し」の旅。私にとってのこの旅の意味やプロセスには、唯一無二の私の文脈があるが、「枠組み外し」の旅自体には、実は多くの先達がいる。前回ご紹介したゴフマンもそのお一人。そして前回のブログを書きながら、僕の「枠組み外し」の旅の参照元として忘れてはいけないもう一人の方の著作が、頭にしきりに点灯しはじめた。「『銀行型』教育の概念では教育する者は教育される者を偽の知識で『一杯い…
2011年07月10日:構造的制約を括弧に入れる (枠組み外し その5)
私は福祉現場でのコンサルタントやアドバイザーになるための、特別の経験というものをしたことがない。福祉現場で働いたこともない。ただ、少なからぬ現場で、ある程度長い期間のフィールドワークをさせていただいた。大学院生時代の5年間は精神科病院で、その途中からは精神医療の質向上に取り組むNPOで、またスウェーデン留学時には知的障害者の当事者グループで、あるいは重症心身障害者の地域生活支援の拠点で・・・。いろ…
2011年07月05日:福祉現場の枠組み外し (枠組み外し その4)
ダイエットや「魂の脱植民地化」という言葉との出会いを通じて心身の変容を遂げ、自らにつけていた制約やリミッターを外す機会を経た後、大げさに言えば自らの世界観も根本的に変わり始めた。信念体系や価値観が180度転換した、というわけではない。そうではなくて、ある人なり組織なりの信念体系や価値観が、どのような構成で成り立っているのか、そこにどのような制約があるのか、ということについて、メタ認知的に捉え始める…
2011年07月03日:風が吹き始める (枠組み外し その3)
シンクロニシティという言葉は、自らのアイデンティティが固着する以前には、割と好きだった。10代の終わり頃、ユングや河合隼雄の著作を読みかじる中で、ある布置状況の中での意図せざる同期性の妙味に、何となく心惹かれていた。だが、大学院生で、社会問題としての精神病院という研究テーマに取り組みはじめた頃あたりから、精神分析系の本も封印する。精神病院の構造的問題と、そのオルタナティブとしての地域生活支援とは何…
2011年07月03日:枠組み外し その2
今思い返すと、体重の変容は、その後の「大転換」のための「準備体操」だった。自分が一番気にしていて、かつもっとも無理だと無意識的に諦めかけていたもの(体重の大幅な変容)が、突然、動き始めた。しかも、自分が苦しくない形で。炭水化物を減らす。米を食べる量を減らし、外食で麺類を食べる場合は残すことにした。その際、心が苦しくなる理由は、「もっと食べたい」という欲望よりも、むしろ「残しては勿体ない」という意識…
2011年07月02日:枠組み外し その1
人は、自らの参照枠組みそのものを、なかなか疑うことはできない。そして、その参照枠組み自体は、内発的な自然さで構築されるものではなく、外発的な、様々な契機に左右されている。だが、いったんそれを無意識的に内在的論理として組み込んでしまうと、その参照枠組み自体が所与の前提となってしまい、その枠組みそのものへの疑い、というメタ認知的な「捉え直し」を、自分自身に対して行うことは容易ではない。それだけでなく、…