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2011年01月31日:日常世界の蓋を開ける
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一昨日、ある本をきっかけに、ツイッターに連続書き込み(連ツイ、なんて言っていますが)をしていた。こんな感じだった。takebata1/29 11:59『影の現象学』を読み終える。道化論を読んでいて、1年半前、僕もバリのバザールで道化に出会っていた、と気づかされた。あの頃から、僕の中で「影」が胎動し始め、少しずつ抑圧の水門から漏れ出て着始めた、と考えると面白い。ちょうど合気道にはまり、心身二元論の…
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2011年01月27日:取り戻し、産み出そうとする予感
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物語を書き始めようとしている。といっても、小説ではない。ある一つの主題を巡る、大状況と個別具体の人々の交錯関係を巡る物語。年明けから、少しずつそのテーマが響いている。そのことを何人かの同僚にお話しすると、関心にピッタリとあう本をご紹介下さる。たまたま手にとって読み進める本が、「ストーリーテリング」の方法論や、あるいは分析の視座を構築する際、非常に役立つ何かだったりする。セレンディピティ偶然性の産物…
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2011年01月22日:「厳しい自律」ゆえのハイパフォーマンス
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前回のエントリーのタイトル、「魂がわたしにおいて考える」というフレーズが殊の外気に入ったので、そのままエントリーをせずに2週間たってしまった。このようなエントリーをすると、「宗教臭い」「精神世界系にイッてしまったのでは?」「科学的手続きを無視しているのか」などという批判があるかもしれない。以前の僕なら、そういう「世間の目」を気にして、あまりブログでもそういうことは書かなかった。だが、「正しく考える…
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2011年01月09日:「魂がわたしにおいて考える」
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僕はフランス語が読めない。だが、最近読み囓っているものが、どうもフランスにご縁があるものが多い。そういえばある人がツイッターで僕が愛読する内田樹氏の文章を「おフランスな」と言ってたっけ。そんなミーハーな理由で手に取った一冊で、しびれた。「ランボーは誰もが素朴に信じてきたこの図式に根底から異議を申し立てる。私たちは当然のように、考えているのは自分自身であると思っているけれども、このことはそれほど自明…
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2011年01月04日:文化相対性と「三角測量」
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寝正月、というより、読書三昧の正月を過ごした。本当は正月休みの間に、とあるところからお誘いを受けた英語論文の書き直しの構想を練ろうと思っていたのだけれど、あまりに年末は疲れ切っていたようで、30日になってふと「もう3日までは大学に行かない!三が日は徹底的に休む!」と決め込んでしまったのだ。それは、本当に正解だった。今年の年越し本に選んだのは、川田順造氏の一冊。レヴィ・ストロースの訳者によるエッセイ…
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2011年01月02日:正夢になるか!?
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明けましておめでとうございます。今年は珍しく夫婦の両実家に帰らないので、山梨でのお正月。移動もないので、のんびりしています。年末の31日に、思い立って本棚一列分をかなり整理し、100冊以上の本を整理した。読み終えた後、何となく残していた本。以前から興味があって、保存していた本。明確な意識を持って・あるいは何となく買ってはみたけれど、興味のレインジにその後入らずに読まないままの本・・・。色々な経緯が…