2006年06月30日:"ごとび"モード
  「今日は"ごとび"やから忙しい」 昔父親に初めてそう聞かされた時、"ごとび"が何を指すのかわからなかった。"五と十の日"を縮めて"五(ご)・十(と)・日(び)"である。手形決済や納入などの締め切り日が、5と10のつく日が多く、そのためこの日は営業車や商品を運ぶトラックで、街中はごった返す。京都に住んでいた時も、いつもより二割り増しで混んでいるな、と思ったら、案の定"ごとび"だった。ラ…
2006年06月26日:接ぎ穂の仕方
  ある制度なりシステムなりについて、その起源にまでさかのぼって否定すると、現在その制度やシステムにのっかっている人にとっては、自身の現在やアイデンティティそのものを否定されているようで、なかなか受け容れがたい。「○○はダメだ(オカシイ・・・)」と言ったところで、そのダメでオカシイと言われたシステムの内部で動いている人にとっては、ダメなのはシステムや制度だけでなく、それに従う自分自身も「…
2006年06月24日:直前ですが・・・
  今日・明日と、次のシンポジウムに出かけて来ます。現場の当事者・支援者発、のオモロイシンポジウムになりそうで、すごく楽しみです。もしも時間とお暇がある方は、ぜひ! -----------------------------------------「山梨発・これからの地域福祉を語るフォーラム」趣旨 ; 自立支援法が施行されるなか、障害福祉は新しい時代の幕を開けようとしています。今思ってい…
2006年06月22日:ひ、ひさしぶりに・・・
  朝から頭が痛い。二日酔いだ、間違いない。 実はここ数年、日本酒をたくさん飲むか、ワインの後にウイスキーを飲む等のチャンポンをするか、以外では二日酔いはなかった。日本酒の味は好きなのだが、体質的に強くないらしく、コップ3杯くらい飲むと、日本酒では出来上がってしまう。一方、ワインは体質に合うのか、妻と二人で飲み始めたら大体一本はあける。昨日もビールをコップ1杯ずつ飲んだ後、いつもの酒屋で…
2006年06月17日:精神医療の「機能的合理化」
  「機能集団は、基礎集団がかつて受け持っていた諸機能をつぎつぎに奪いとり、基礎集団の衰退と入れ替わって、発展してきた。基礎集団が機能縮小と構造的分解に向かってきたのは、機能集団のこのような発展によって、その存在意義が消滅してきたからである。したがって当然、家族機能集団は、機能的必要があってつくられたものであるから、目的の達成のために合理的であることが求められ、、そうでないものは淘汰され…
2006年06月12日:内側からの視点
  「発達の大原則によれば、『力を身につける』ということは、『その力を使って生きる』ということと表裏一体の関係にあるはずです。ところがその間に、おとなの視点の張りついた『将来』ということばが入り込むとき、力を身につけ伸ばすことが、生きることから離れて自己目的と化します。発達することが目的になり、あるいは課題になり、それを達成するために親や教師が邁進し、やがて子どもたちも、この外側からの視…
2006年06月09日:土壇場の悪知恵
  外ではカエルの大合唱が。我が家は別に田んぼのそばではないのだが、付近はとても静かなので、近所のカエル君達の声も夜になると大音量で聞こえてくる。 それはさておき、昨日手帳を整理していて、トンデモないことを発見。これから7月末にかけて、よく考えたらやたらめったら〆切のある予定が多いのだ。講演レジュメが6つ(山梨で出会った方から次々と芋づる式に頼まれて・・・)、学会発表が1つ(これは来週水…
2006年06月04日:「善意」の軌道修正
  「たいがいの人間は、自分が悪をなしているという自覚のもとに断固として行動できるほど、強くもなければ自律的でもない。善をなしているという主観のもとにおいてのみ、人間は相手の痛みに対しかぎりなく無感覚的に、無反省的になれるのである。」(小熊英二「単一民族神話の起源」新曜社p142-143) 「善をなしているという主観」というのは、時としてとんでもない方向に動く。障害者福祉の文脈に即して言…
2006年06月02日:制度と魂
  久しぶりにのんびりと終日勉強できた。 昨日もとある先生から「最近更新されていないのでお忙しいのかと・・・」と電話を頂いたが、本当にここしばらくあわただしくて、日々のタスクの「バケツリレー」をしているうちに、あっという間に過ぎ去っていったのである。この「バケツリレー」というルーティーンワークは、当然大切な営みであり、一つ一つは心を込めて行っているのだが、「バケツリレー」のみに終始してい…